フォト

おすすめ本

« 長崎に原爆が落とされた日 | トップページ | 「まんだらけ」万引犯公開が脅迫? »

2014年8月10日 (日)

「過ちは繰返しませぬから」

広島の原爆死没者慰霊碑の石碑前面には、
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
という言葉が刻まれている。

この碑文には当初から、主語は誰なのか
と言うことが論争になったらしい。

原爆を落としたのが米国なのだから、
「過ちは繰返させませぬから」とするのが正しいのでは
という至極もっともな意見もあったようだ。

結局この惨禍は人類全体の問題であるとして、
主語を人類と考えることで、
この言葉に落ち着いたらしい。

しかしながら、最近の傾向からみると、
この言葉の主語は日本人として
理解されているような気がしてならない。

「過ちは二度と繰返してはならない」から、
集団的自衛権行使容認はダメ、防衛力強化はダメ、
武器輸出はダメ、原発の再稼働はダメ…。

言うまでもなく、過ちを犯したのは米国である。
そして、その米国は過ちを犯したとすら思っていない。

米国が日本に原爆を落としたのは、
実験のためだという。

なぜ米国がそんなことができたかというと、
日本人を人間だと思っていなかったからだ。

そして、原爆を落としても日本はもう反撃する能力を
持っていなかったからなのである。

当時は、有色人種は、白人と同じ意味での人類とは
考えられていなかった。

侵略されたアジア諸国の民衆は、白人の奴隷とされたし、
有色人種を野に放ち、銃で狩りをするというような
現在では想像もできないような非人道的なことも
行なわれていたという。

日本が「過ちを繰返さない」ためには、
日本に原爆を投下したら、それなりの報復をする
という能力を有する以外に有効な手段はない。

それには核兵器を保有することしかない。
それが最大の抑止力となる。

中国が軍備を拡大し、北朝鮮ですら核を保有する中で、
「戦争はもうこりごり」「集団的自衛権で戦争に巻き込まれる」
「特定秘密保護法案なんかいらない」「原発再稼働反対」
「武器輸出反対」「防衛費増強反対」「中韓と仲良くしよう」
などという馬鹿げたことを言っていると、
いずれ「過ちは繰返される」だろう。

その時、日本は69年前のように、
国家の解体を免れることができるだろうか?

« 長崎に原爆が落とされた日 | トップページ | 「まんだらけ」万引犯公開が脅迫? »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「過ちは繰返しませぬから」:

« 長崎に原爆が落とされた日 | トップページ | 「まんだらけ」万引犯公開が脅迫? »