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2015年3月22日 (日)

自由と平等と民主主義


自由と平等と民主主義は、戦後の絶対的な価値のように
考えられてきたが、これらは慎重に扱わないと
極めて危険な概念であると思う。

自由に関して言えば、我々が人を殺す自由を持って
いないことは誰にでもわかるだろう。

だから、たとえばマスコミが捏造された情報を
真実であるかのように報道する自由などないにもかかわらず、
いつの間にかマスコミはそうした捏造報道を
くり返すようになった。

自由が拡大解釈され、我が国を貶めるような捏造報道が
まさに自由に、大々的に行なわれてきたのである。

平等な世界というのもあり得ない。

我々は生まれながらにして、美人であったり
ブスであったり、金持ちの家に生まれたり、
貧乏な家に生まれたりする。

平等な世界の実現を標榜した共産主義や社会主義が、
一部の豊かな支配層と多くの貧困層を作り上げることは、
ソ連や中国の例を見れば明らかだ。

人間は生まれながらに平等ではあり得ないけれど、
できる限り公平に暮らせる社会を作り上げることこそが
大切なのだと思う。

民主主義は、さすがに否定しにくい概念のようだが、
これとて完璧なものではない。

ヒトラーのナチスドイツは、当時最も民主的と言われた
ワイマール憲法の下で誕生した事はよく知られている。

我々も民主的な選挙の下で、あの民主党政権を生んでしまった。

民主主義は完璧なものではないし、しばしば間違いを起こす
ということはよく知っていなくてはならない。

つまり、自由も平等も民主主義も絶対的なものではない
ということだ。

自由を拡大解釈することに寛容であったり、
平等というあり得ないものを絶対的価値のようにあがめたり、
民主主義という間違いやすい制度に安心していては
いけないのである。

そして戦前の日本に、そうした戦後的価値、
欧米から輸入した価値基準より優れたものがあったことを
いまこそ学ぶべきではないかと思うのです。

お前の言うことはもっともだと思われた方は、
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