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2015年11月20日 (金)

障害児の出産を巡る発言

茨城県教育委員の長谷川智恵子氏(71)が18日に開かれた県総合教育会議の席上、
障害児らが通う特別支援学校を視察した経験を話すなかで、
「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか」
「茨城県では減らしていける方向になったらいい」などと発言したことについて、
長谷川氏は19日、撤回するとのコメントを発表した。
(朝日新聞デジタル 11月19日(木)18時43分配信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151119-00000039-asahi-soci

障害者として生まれてきたことの苦悩は
障害者にしかわからないだろう。

しかしながら、僕たちは、それを想像することはできる。

もし、僕が乙武さんのように「五体不満足」で
生まれてきたとしたら…。

僕は恐らく、人生において数万回、もしくは数億回、「じぶんはなぜ、
こんな体で生まれてきたのか」と悩み、苦しむだろう。

現在、体に何らかの障害を持って生きている人たちは、そうした苦悩を
乗り越えて、またはその苦悩と闘いながら生きている。

だから、彼らへの差別があってはならないことは言うまでもない。

しかし、そうした障害者が生まれないようにすることは、
差別という言葉で一括りにすることとは違うのではないか?

障害者が生まれないようにすることは、
むしろ必要なことではないのか、と僕は思う。

妊娠初期に障害のあることがわかり、それでも生みたい
という人への理解も必要だろう。

しかしながら、障害を抱え、苦悩しながら人生を歩ませる
ことに耐え切れず、堕胎を決意することを
誰が責められるだろう?

大切なことは、茨城県教育委員が言ったように、
あらかじめ障害の有無を知ることなのだ。

そうして、その後の重い決断は、両親に委ねるしかない。

もし僕に、致命的な障害を持った子供が生まれてくることが
わかれば、僕は間違いなく堕胎を決断する。
(もちろん妻である人への説得が必要だが…)

そう考える人はむしろ多いのではないか?

自分の子供に、あえて試練の道を歩ませたいと思う親が
どれほどいるのだろう?

だから、こうしたことは差別のひとことで
済ませてはいけないのだと思う。

障害児を減らすことは、苦悩しつつ生きる人を
減らすことである。

そのことの何が、差別なのだろう?

茨城県教育委員の長谷川智恵子氏が、発言を謝罪し
撤回するところまで追い込まれたことを、
僕らは深く考える必要があると思います。


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