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2015年11月27日 (金)

何をやっても無罪の国


オウム真理教が1995年に起こした東京都庁郵便小包爆発事件で、
爆薬の原料を運んだとして殺人未遂幇助(ほうじょ)などの罪に問われた
元信徒・菊地直子被告(43)の控訴審判決が27日、東京高裁であった。
大島隆明裁判長は「被告に殺人未遂を助ける意思があったと認めるには
合理的な疑いが残る」と述べ、懲役5年とした一審・東京地裁の
裁判員裁判による判決を破棄し、被告を無罪とした。 
菊地被告はこれまで、薬品を運んだことは認めたが「爆薬など、人の殺傷に
つながる認識はなかった」と無罪を主張していた。
昨年6月の一審判決は、菊地被告が「劇物」などと記された薬品を運んでいた
ことなどから、「人の殺傷に使われる危険性を認識していた」と認定。
爆発物取締罰則違反の幇助罪の成立は認めなかったが、
殺人未遂の幇助罪は成立するとした。
(朝日新聞デジタル 2015年11月27日(金) 13時44分掲載)
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6182252

オウム真理教という殺人集団にいて、
上からの命令には何でも従うという状況で、
爆薬の原料を運んだのだから、「東京都庁郵便小包爆発事件」
のことを何も知らなかったとは思えないし、
それでは通らない。

だから裁判員裁判では有罪判決を受けたのだろう。
なのに高裁では逆転無罪。

これでは警察が完璧な証拠固めをしない限り、
つまり「被告に殺人未遂を助ける意思があった」と合理的に
立証することができなければ、
どれほど犯罪の蓋然性が高くても無罪になってしまう。

彼女が運んだ爆薬が、殺人未遂事件に使われた。
そして彼女は、その爆薬が良からぬことに使われることくらい
想像できただろう。

それで十分だ。

「疑わしきは被告人の利益に」
というのは本当に正しいのだろうか?

真相はまったく明らかにされないまま、事件は闇に葬られ、
被告人だけが利益を享受することのどこが正しいのだろう?

「原発」に求められる完全な安全性と同様に、
裁判における完全なる立証などありはしない。

動機という人の心の問題で、
彼女がその爆薬が殺人に使われることを知っていた
ということを完全に立証することなど不可能だ。

オウム真理教という殺人集団に所属し、
爆薬を運び、その爆薬で殺人未遂事件が起こったのだ。

それで、なぜ有罪にならないのだろう?

先日、同居者の娘をレイプして、母親と一緒に娘を焼き殺して
いったんは殺人を自供し、無期懲役の判決が下されても、
その後無罪を主張して再審を請求することで
無罪判決を勝ち取った事例もあった。

裁判所は、犯罪者を無罪放免にするためにあるのではない。

「いったい何のための裁判か」と思うのは
僕だけだろうか?


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