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2019年3月15日 (金)

旧優生保護法成立の真相

『旧優生保護法(1948~96年)下で障害者らに不妊手術が
繰り返された問題で、自民・公明両党の合同ワーキングチーム(WT)と
野党を含む超党派議員連盟は14日、会合を開き、
被害者へのおわびと一時金320万円の支給を柱とした
救済法案を正式に決定した。
4月初旬に共同で国会提出し、月内の成立、施行を目指す。(後略)』
(KYODO 3/14(木) 18:30配信)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190314-00000149-kyodonews-pol

旧優生保護法下で不妊手術を受けた障害者に対する
救済法案が正式に決定した。

強制不妊という極めて不当な扱いを受けた人々が
救済されるのは当然のことだが、
この問題がおかしな政治利用をされないように、
旧優生保護法の成立過程を知っておくことは有益だろう。

ウィキペディアの元社会党衆院議員「福田昌子」の項には
次のような記述がある。
『戦後の1947年(昭和22年)に、第23回衆議院議員総選挙に
社会党から福岡県第1区で立候補して当選した。
以後は1958年(昭和33年)まで連続5回当選している。
同年に優生保護法を自ら執筆し、同じ社会党議員であった
加藤シヅエと太田典礼の3人で法案を提出し、 翌年成立した。』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%94%B0%E6%98%8C%E5%AD%90

つまり旧優生保護法は、福島みずほらが在籍する
社会民主党の前身である、旧社会党が主導して
成立した法律なのだ。

「福田昌子」とともに法案を提出した「加藤シズエ」の項には
さらに生々しい記述がある。
『これを機に日本での産児調節運動をスタートさせた。
母体保護の重要性を説くだけでなく、
さらに「不良な子孫の出生の防止」を訴えた。
1931年に日本産児調節婦人連盟を設立し、会長に就任する。
(高山正之によれば、避妊・中絶のほか、断種も主張した。
その2年後、ドイツで遺伝病根絶法を定めて、
強制断種を始めると、先を越されて悔しがったという)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E3%82%B7%E3%83%85%E3%82%A8

まあ、こういう人たちが旧社会党の国会議員だったわけだ。

今も昔も、国会議員を選ぶときは
どのような思想信条の持ち主か、その候補の人となりを
よく調べて投票すべきだという
一つの教訓にはなるだろう。


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